仕事でもプライベートでも、「人の意見を素直に聞くこと」って思ったよりも難しいと感じたことはありませんか?
頭ではわかっていても、心のどこかで反発してしまう。
それは決して、わがままだからではなく「自分を守ろうとする心」=”エゴ”が働いているのかもしれません。
エゴは悪いものではなく、本来はあなたを守るための仕組み。
しかし、ときに、そのエゴが素直さや人とのつながりを遠ざけてしまうこともあるのです。
この記事では、日常の中でふと湧き上がる「聞けない私」の背景を見つめ直してみます。
人の話が聞けないのは「我」があるから?

「素直に人の意見を聞くことができたらいいのに」そう思いながらも、つい反発してしまう。
「それは違う」と否定したくなる。
そんな場面に心当たりはないでしょうか。
私たちが他人の意見を取り入れにくいとき、そこには「自分が正しい」という思い(=エゴ)が潜んでいます。
あるいは「自分の考えに賛同してほしい」という期待が無意識に働いているのかもしれません。
ここでいう「エゴ」とは、「我」や「自己中心的な心」のこと。
自分の立場や正しさに強く執着する心であり、「我が強い」と言われるときの「我」でもあります。
エゴの根っこにあるのは「恐れ」

エゴを生み出しているのは、じつは「恐れ」です。
人間には生存本能があります。
命を守るために、私たちの脳は危険をすばやく察知し、即座に反応します。
そのため、「自分が優先されるべきだ」「自分を守らなければ」という思考パターンが強く働くのです。
このしくみは、脳が”効果的に”働くために必要なもの。
でも、この”自己中心”の視点が日常生活でも無意識に繰り返されてしまうと、他人の意見を受け入れにくくなったり、感情的に反発してしまったりします。
恐れは「否定されたくない」「間違いだと思われたくない」という気持ちを生み、その恐れから私たちは自分を守ろうとします。
これがエゴの働きです。
他人の意見を受け入れるには、執着を手放すこと

自分の意見にこだわっていると、他人の意見が「違い」ではなく、「攻撃」に感じられてしまうことがあります。
自ら他人にアドバイスを求めておきながら、期待していた答えでなければ、心を閉ざしてしまうこともあるでしょう。
「自分が迷っていたから相談したはずなのに、なぜ受け入れられないのか」
その理由のひとつは「答えはもう自分の中にある」ということではないでしょうか。
もちろん、他人の意見が必ずしも正しいとは限りません。
しかし、新しい視点として取り入れることができれば、自分の思考を広げるきっかけになります。
受け入れるかどうかは別として、まずは一度立ち止まって考えてみること。
それが、エゴに縛られない心への第一歩ではないでしょうか。
恐れではなく、愛を基準に生きてみる

エゴに振り回されているとき、私たちは怒りや不安、恐れの感情に支配されています。
「こうあるべき」「間違っていはいけない」といった思いが強くなり、自分にも他人にも厳しい目を向けてしまうのです。
でも、本来の私たちはもっと穏やかで、愛を持って人と関わることができる存在なのです。
エゴが強くなると、それが見えなくなってしまいます。
感情に支配されそうになったときこそ、こう問いかけてみてください。
「私は何を恐れているのだろう?」
エゴは、あなたを守ろうとしてくれている存在でもあります。
でも、それにすべてをゆだねるのではなく、恐れではなく、愛を選ぶ視点に意識を戻すことができたらーー
そこに、本当の自分らしさが見えてくるのではないでしょうか。
おわりに
エゴに気づくことは、自分を責めることではありません。
それはむしろ、自分にやさしくなる第一歩です。
「私は何を守ろうとしていたのだろう」と、少し立ち止まってみてください。
そこから始まる気づきが、あなたを自由にし、心に余裕をもたらしてくれるはずです。
お読みいただきありがとうございました。