他人との比較
成功している人を見るとその人をうらやましいと思ったり、憧れたりします。
この人のようになれるよう、頑張ろうと思います。
他人の成功はモチベーションを上げるために刺激になります。
うらやましさは自分もああなりたいという欲求の現れですから、成功者がたどった道を真似ていこうと思ったりします。
他人と自分を比較しているときは、どうでしょうか。
他人と比べるのがクセになっているという人がいます。
他人が褒められている場面を見ると、落ち込むような気持ちになったりするといいます。
他人がほめられるのに嫉妬しています。
学生時代はみな仲間であり、友達と自分は同じという感覚がありました。
それが卒業してそれぞれの道を歩みはじめたら、みな同じではなくなることに気づきます。
卒業後の同窓会では、就職先でその人が判断されたりします。
一流企業とか、名の知れた会社であるとかで、その人が自分より上であるか下であるかという意識を持ったりします。
数年たつと、そのうち配偶者の比較が始まります。
男性であれば、奥さんは美人であるとか才色兼備であるとか。
女性であれば、夫の勤務先とか社会的地位が高い仕事とかで、優劣が決まるように思い込みます。
また、子どもができたら、遠まわしに子どもの学校とか比べられます。
他人と競争することに慣らされた私たちは、他人と自分を比較したがります。
どちらが優秀か、どっちが上か下かと一瞬に判断する習性がついているように見えます。
得意なことで競争心があるということではなく、ただ比較するのです。
平均以上でなければ存在意義がないように思い、評価されないと恐怖心を感じたりします。
比較する心は欠乏感
比較して他人より勝っていると思ったら、優越感に浸ります。
でも、上には上がいたりします。
他人と比べて劣っていると思うと、劣等感を持ちます。
しかし、相手に自分が劣等感を感じていることは知られたくありません。
表面上は平気な顔をして、楽しそうに過ごそうとします。
なので、心の中は外側をつくろうのに疲弊しています。
エネルギーをそのことに持っていかれ、へとへとな状態になっています。
もしかしたら、自分でも気がついていないのかもしれません。
自分に点数をつけて今〇〇点だから、まだまだ頑張らないといけないと考えます。
目標があって頑張れるうちはいいのですが、他人との比較にエネルギーを取られるので、願望実現に注ぐ力が減り、夢は遠のきます。
常に欠乏感を感じている状態です。
欠乏感を持つことは、現在の自分は足りていないというメッセージを常に発信し続けることになります。
無意識は足りない自分を実現することになるので、いつまでも欠乏感を感じることになります。
不足感を持ったり、劣等感を持つのは、自分が許容できる基準に達していないという思いがあるからです。
その基準とは、何なのかでしょう。
それは、世間の常識とかというものなのかもしれません。
世間一般に受け入れられる自分であることを確認して、安心するのかもしれません。
でも、世間の物差しで計られ一喜一憂するのって、世間の風次第で評価が変わるあやういものではないでしょうか。
世間の評価で、ぶっちぎりでトップを走る人もいるでしょう。
でも、みんなが平均以上であることはないのです。
自分の評価を他人が決めるという考え方から距離を置いてみてはどうでしょうか。
他人の期待通りでなかったら、評価された自分には価値がないことになります。
また、他人の評価が低かったら、簡単に自分には価値がないと受け入れる人が多いように見えます。
そして、「なんでできないんだ」「こんなことではダメだ」と自らを責めてしまいます。
自分が自分をジャッジしています。
行動の結果が、評価されなければ意味がないと思っています。
でも、これは際限のない比較になってしまい、いつも他人と競争しなければならず、心落ち着くことがありません。
比べることをやめるには
そもそも私たちは一人一人違う人間なのですから、他人と比べること自体、無理なことではないでしょうか。
そして、私たちは個人のミッションやテーマを果たすために生きているといいます。
この世界で自分の能力を発揮し、貢献するという使命があるということです。
ですから、自分の評価は自分ですればいいと思ったらどうでしょう。
多くの人は謙虚ですから、それぞれ自信過剰なくらいがいいかもしれません。
「自分はすごい!」「自分はすばらしい!」と思ったほうがいいのではないでしょうか。
人間は、いいところもダメなところもあるのが人間ですから、自分の嫌なところダメなところを受け入れたら心が楽になります。
もし、ダメな自分は認めたくない、受け入れられないと言うのなら、「ダメな自分を受け入れるのは嫌だという自分を受け入れる」と言ってみてください。
そうすると受け入れられます。
人はみな他人から認められたいという欲求があります。
すべての人からとは言わないけど、周りの人たちからはよく思われたいと思います。
そして、もっと褒められたいという気持ちもどこかにあります。
他人から認められないのは自分の性格のせい?それとも能力がないから?生きている価値がないから?と考えているとしたら、こう考えてはどうでしょうか。
自分の臆病なところが嫌いだとしたら、それは慎重な人だということであり、優柔不断がいやだと言うのなら、思慮深いということでもあります。
人間は、見方によって180度捉え方が変わることがあります。
ものごとを単純に考えたり、一般的に考えることは危険な場合があります。
もっと、自分の良い点や得意なことに目を向けると、可能性が広がるのを感じるでしょう。
他人の承認は欲しいですけど、あなたの事を一番に思っていてくれている存在は「自分の中の自分」です。
自分で自分を認めると心強いです。
人はみな、今の自分がベストな自分なのです。
誰もあなたと同じ人はいない、すべて同じ姿かたち、同じ言葉、同じ感性、同じ思いを持っている人はいません。
あなたは、唯一無二の存在なのです。
もし今、他人と比べることに疲れきっているとしたら、身体と心を整えることをおススメします。
栄養に気を配った食事を取る。たんぱく質やビタミン類、カルシウムを多めに取る。睡眠の時間をしっかり取って身体を休める… etc 。
心と身体は繋がっているので、身体が元気になると心も回復します。
お読み頂きありがとうございました。